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| 2004 |

2004年1月 「矯正臨床ジャーナル〔JOURNAL OF ORTHODONTIC PRACTICE (JOP)〕2004年1月号に院長が登場する座談会が掲載されました」


矯正臨床ジャーナル〔JOURNAL OF ORTHODONTIC PRACTICE(JOP)〕2004年1月号に、「日本臨床矯正歯科医会の取り組み シリーズ1 我々は、なぜ広報活動を始めたか初年度の取り組み」と題して、池森由幸先生(日本臨床矯正歯科医会・専務理事/いけもり矯正歯科 名古屋市)と平木建史先生(日本臨床矯正歯科医会・広報担当理事/ひらき矯正歯科 大阪市)と、私の座談会が掲載されました。私が2002年度から日本臨床矯正歯科医会の広報委員会の委員になり、2003年度からは広報委員会委員長として広報活動を行っています。掲載された対談の内容は、日本臨床矯正歯科医会が広報活動を始めた経緯から活動開始に至るまでと、初年度の広報活動にについて、私がお二人にインタビューする形式で進行しています。

ご興味のある方は是非ご一読ください。


【はじめに】
我々は、なぜ広報活動を始めたか―初年度の取り組み
出席者
池森由幸(日本臨床矯正歯科医会・専務理事/いけもり矯正歯科 名古屋市)
平木健史(日本臨床矯正歯科医会・広報担当理事/平木矯正歯科 大阪市)
司会進行:菅沼與明 (日本臨床矯正歯科医会・広報委員会委員長/菅沼矯正歯科 豊橋市)

日本臨床矯正歯科医会がマスメディアを利用した広報活動を本格的に開始して2年目を迎えた。雑誌広告や書籍発行といった患者のすそ野を広げるPR活動やマスメディアに対しての積極的な情報公開は、どのような経緯で始まったのか。シリーズ第1回では、広報活動の立ち上げ期にあたる2001年から2002年にかけての同会の取り組みを紹介する。

出席者
右から
'01-'02年度の広報委員会委員長を務めた池森由幸先生(現・専務理事)
同じく'01-'02年度の広報担当理事の平木健史先生(現・広報担当理事)
今年度より広報委員長に就任した菅沼與明先生


【Section1】
外部専門家の声を聞くことを皮切りに

菅沼 本日は、日本臨床矯正歯科医会の取り組みの中で、「マスメディアを使った広報活動をなぜ開始したのか」というテーマで座談会を進めたいと思います。両先生は広報プロジェクト初年度の広報委員でいらしたわけですが、まず、こうした活動をスタートすることになった経緯からお聞かせいただけますでしょうか?

池森 広報活動を始めるに至った直接的なきっかけは、会員に対して行なったアンケート調査の結果でした。それは、何か積極的で具体的な広報活動を会として行なってほしいというものだったんです。
ただ、そこに至る背景として、歯科医師数が絶対的に増加する中で、必然的に矯正歯科を標榜する先生が増えてきたという事実があります。歯科医師数が増加したことによって、今まで競争原理が働く必要が無く、閉鎖的な状況だった我々の分野でも、徐々に仲間である矯正歯科専門医の数が増え、また矯正歯科も臨床に積極的に取り入れるGPの先生方も増えてきたため、市場が崩れてきたわけです。それによって、これまで寡占状態であった市場が、無秩序で倫理性に問題のある競争が起こりかけてきました。そこに外圧として外資系のフランチャイズが参入するという情報だけが入ってきて、戦々恐々とした。と同時に社会的にも経済が低迷し、先行きの無い不安感も拭えない。
こうした3つが、我々が広報活動を始めた大きな要因だと思います。

平木 こうした事態をクリアするために個々の診療所が集客目的で宣伝・広告をすると、結局、医療の倫理性が崩れてくる危惧があります。それならば、専門医の団体としての倫理性を保ちながら市場を開拓するために、臨床医の集まりである当会が広報活動をしていくべきだろうということで理事会から指示があったわけですね。
それまでは、団体として広報活動の実績がさほどなかったのと、金額的にも大きい数字でしたから、思いはあっても、なかなか第1歩を踏み出せなかったというのが正直なところでした。それが、あり方がどんどん具体化して、ようやく我々の手に届くところにまでやってきたとき、ちょうど私が広報担当理事になって、池森先生が担当の委員長になられたんです。

菅沼 それが2001年度ですね。当時の広報委員会の委員長として、最初どのような取り組みをされたんですか?

池森 今,平木先生がおっしゃったように、「さあ、やれ」といわれても、我々はPRについてはまったくの素人なのでノウハウもありません。何をどうするかを手探りする中で、第一歩として始めたのが、外の専門家の意見を聞くということでした。どういうことかと言いますと、心理学者や社会学者、ジャーナリスト、法曹界の方々といったさまざまな分野の専門家とコンタクトをとり、今、我々にはどんなことが求められているのかを客観的に見つめ直す作業を始めたんです。このときに考慮したのは、直接一般の方々に働きかける方法論について可能性を探ってみることでした。

菅沼 と言いますと?

池森 つまり、今まで医療界では何か問題点が生じたときや、新たな要望を実現させるために我々が常套的にとってきた方法というのは、制度面からのアプローチであったり、政策面への要望や働きかけであったわけです。こうした対応については、従来から歯科医師会や学会がその働きかけの窓口になっていましたので、今回はあえて我々の団体が一般の方々に直接働きかけることを探ってみたかったんです。要は、我々医療界が常識的に用いる社会的なアプローチ以外の方法論を考えよう、ということですね。
そして同時に、現在、診療所単位でどれだけの宣伝広告費をかけているかを調べてみました。これは目安としてタウンページに支払っている費用とその経済効果を調べたわけです。そのうえで、これだけの費用を払っているならもっと有効な方法がありますよ、という資料をつくったんです。


【Section2】
各支部を訪ね、会員の声を吸い上げて



すこやかな口もとを象徴する日本臨床矯正歯科医会のロゴマーク。広報活動を行なううえで、グループのポリシーやアイデンティティを伝達する役割を担っている。




インターネット環境の急速な発達にともない、重要度を増してきたホームページ。日本臨床矯正歯科医会では1998年の開設以来、公式サイトは広く社会全般への啓発手段となっている。
平木 さらに、それらと平行して、団体として広報活動をしていくのであれば団体名をアピールするためのBI(ブランド・アイデンティティ)を確立しなければ、ということで、以前からあったロゴマークを折に触れて押し出していくことに決めました。あとは、日本臨床矯正歯科医会という名前が長いので「矯正歯科医会」という短い名称を表に出すとか、当会のホームページを患者さんやマスメディアに対しての最終的な受け皿にしていくために充実させていくとか。
ただ、ホームページを認識させるためには、まず矯正歯科に関する情報をいろんな場面を通じて露出していかなければなりません。そのために、新聞や雑誌を使って我々の活動を興味をもって知ってもらえるような意見広告をつくることから始めようとしたんです。

菅沼 それには、やはり会員に理解してもらうことが必要ですよね。日本臨床矯正歯科医会は全国に会員が散らばっているので、そのあたりのコンセンサスが難しかったと思うのですが。

池森 まさに、そこがポイントでした。そこで、我々は会員の皆さんに広報活動の必要性や内容についてご理解いただくために、当時の広報委員のメンバーと執行部の三役が全国の各支部にうかがって会員の皆さんに直接説明し、ご理解をたまわりながら進めていくことにしたんです。そのときに一番重点を置いたのが、そもそも「広報」とは何なのか? ということでした。つまり「広報」と「広告」の違いをご理解いただくことですね。

平木 こういうことは。我々の説明を直接お聞きになった支部代表の先生方にはご納得いただきやすいんですが、間接的に聞かれた支部内のほかの先生方にはなかなか賛同が得られにくいものです。ならば広報担当者が直接その地域に出向いて説明させていただくのが早いだろうといことで、当時の広報担当者と執行部の三役が各支部を回って説明することにしたわけですね。
各支部に出向いてみて、改めてわかったのが、“地域ごとの実情はその地域に行ってみないとわからない”ということでした。そこにいらっしゃる先生も、ふだん大会や例会などでお会いするときとはまた違った側面が見えましたね。先生方が抱えていらっしゃる社会的な背景に対する理解が深まりましたし、こちらが行動することで先生方のご理解を得やすくなったと思います。それと、多くの先生方からの意見を吸い上げることで、当初のプランをより納得のいくものに修正することが出来ました。なので、結果的にこの方法は良かったと思いますね。

菅沼 とはいえ、診療をされながらの活動ですから、当時は大変だったのでは。

平木 「全国行脚」と言ってました(笑)。1か月に3、4回は支部を回っていましたから。一か所にいるのは1日ですが、正味2ヶ月と言う時間的な制約の中で、札幌に行って、つくばに行って、また東京に、という強行軍もやりましたね。といいますのも、2002年3月に全国の会員が出席する総会を控えていたので、そこで討議をするために、それまで各支部で説明を聞いていただく必要があったんです。




【Section3】
雑誌広告は一紙集中から、分散化へ

菅沼 そういう取り組みを経て、総会での反応としてはいかがでしたか。

平木 やはり、喧々諤々の議論がありました(笑)。広報活動をやらなければならないと言う必要性は多くの会員の方に認めていただいたんですが、議論が集中したのは、むしろ、どういう方法をとるかということでしたね。

菅沼 矯正歯科治療について広く一般に理解していただくために、どのような方法をとるか、ということですね。そのための活動の柱として、初年度では雑誌に啓発意見広告を展開すると言う案がありましたね。

平木 ええ、当時は掲載を一誌に絞って年間を通じて出稿するという案を提案していたんです。ただ、雑誌というのはどうしても好みがありますから、会員から「こういう雑誌に出してほしい」という意見がたくさん出まして。それを汲むカタチで、結局は複数の雑誌、読者層の異なる雑誌に出稿することに方向転換したわけです。

菅沼 そして選ばれた雑誌が「日経ヘルス」「オレンジページ」「家庭画報」ですね。

池森 そうです。ただ、啓発意見広告を出したいというこちらの提案に対して、それではダメだとおっしゃる会員の先生もいらっしゃいましたね。それよりも出版物をつくったほうがいいと。その先生方はご自身でも出版をされたり、取材を受けたりされたことがあったので、その反応をご存じだったんですね。
ただ、我々はそういう経験がありませんでしたから、わからなかったんです。だから、最初は我々としては出版はやりたくありませんでした。手間ひまがかかって大変そうな印象があったので
(笑)。なので新たに書籍をつくるというより、すでに出版されている書籍のリニューアル版を当会でつくることにしようかと思っていたんです。でも、総会の場で「やはり出版を」という強い意見もありまして、結局、年度の途中で出版計画を進めることになりました。

菅沼 私は昨年度、この広報事業が始まってから任期の途中で、広報委員になりましたが、こうやって立ち上げ期のはなしをうかがっていますと、決定までの動きがかなり速いですね(笑)。

池森 それが当時から今におけるこのメンバーの特徴ですね。フットワークが軽いんです。たとえば、全国行脚の途中でも、将来出版する際にどの出版社から出すのがいいか、費用はどれくらいかかるのかといった打診を早め早めにしていました。
でも、我々も開業医として自分達の診療所を運営していますから、それを犠牲にするわけにはいきません。ですから、多くの連絡はメールで行ない、でもやはり直接面談して打ち合わせなければならない場面もありますので、それはお互いの休診日を当てるという努力をしました。そういう具合なので、その間はお休みがなかったようなもので、委員会のメンバーにはそれなりのご負担をお願いしましたが、とてもよかったと思うのは、メンバーが共通の価値観をもって事業遂行に協力してくれたことです。これは本当にありがたいことでした。

菅沼 話は戻りますが、総会の時、多くの先生方は提案された内容について納得されていたんでしょうか。

平木 聞いていらした会員の方々が、そのとき、どこまで正確にイメージを描けたかはわかりませんが、なにか自分たちが今までできなかったことがそこにあるのでは、というふうに期待していただいたのではと思いますね。それと、池森先生も私も新任の委員長と理事でしたので、その期待を未知数の人間にかけてみようというところがあったのではと、手前味噌ながら思います。

池森 とにかくこの事業と言うのは、本会の年間予算の2倍を超える金額を投じることになる大事業なわけです。それでも会員の皆さんは、今。新しいことをしなければという目的意識を持っていらしたのだとおもいます。


【Section4】
会員の納得を得るために分脳性を選択
菅沼 ところで、新しいことを始めるに際して事業予算はどのようにたてられたんですか。

池森 事業規模の決め方には大きく二通りあると思うんです。一つは、まず事業計画を立てて、それに基づいて予算を決める方法。二つ目は、会員がどれだけ負担できるかを先に明確にして、それに見合った計画を決める方法。我々の場合、結局、やることが未知数ですので、後者を選ぼうとしました。そして、会員にご負担いただく金額として、年間10~20万円の範囲を考えたんです。

平木 それを決めるのにも、会員の方からの意見を汲みましたね。そもそも、最初に我々が提案したのは、年間10万円の一括払いだったんです。そのことで会員の方から「一度に支払うのは、開業して間もない先生には負担が重い」という意見が出ました。「できれば月払いの分割にしてもらえないか」と。そこで、月1万円ずつに提案のしかたを変えたわけです。

池森 もともとこの会の年会費が7万円で、それに加えて新たに12万円の要求をすることになりましたので、反対も当然起こるはずですが、そこをご納得いただくために、先ほど申しましたNTTのタウンページの会員の皆さんが掲載されている広告の経費とその効果について引き合いに出してご説明しました。地域差があるのはわかるのですが、電話帳が置かれている立場も考え合わせて、今後の方向性として既存の広告方法をシフトするという考え方もありますよ、と。ただ、「月1万出してください」と言うのではなくて、あまり管理・意識されずに出費し続けている宣伝広告費を違う形にしてはいかがですか、というアプローチですね。これは現場で会員にご説明させていただいた際に、会員の皆さんに広告費のあり方に関して「ちょっと振り返って考えてみる」きっかけになればと思ったわけです。こういう取り組みによって、なんとかご理解いただけたかな、という感じです。
とは言いましても、このように「広報」に関する展望の第1段が「意見広告」という「広告」が絡んできましたので、会員の皆さんにとっては「広報」と「広告」の位置関係がやはりわかりにくかったのかなぁ、と思っています。初年度から本格的なマスメディアに対する広報活動に全面的に取り組むには我々の準備も必要でしたので、初年度は助走としての位置づけとなりました。

平成14年度 特別広報活動事業費

平成15年度 特別広報活動事業費

広告掲載費 30,000,000
啓発MOOK出版費 10,000,000
パンフレット等印刷費 5,000,000
企画費 5,000,000
   
50,000,000

広告掲載費 4,000,000
広報キャラバン費 10,000,000
啓発MOOK出版費 10,000,000
WEB改訂費 6,000,000
パンフレット等印刷費 2,000,000
企画費 18,000,000
   
50,000,000



矯正歯科治療を広く一般的に理解してもらう目的で、日本臨床矯正歯科医会が監修した啓発ムック『目指せ!きれいな歯並び 大人の矯正歯科Book』は2002年12月に世界文化社から発刊された。ほぼ同時期に、同会神奈川支部より『専門のお医者さんが語るQ&A矯正歯科』が保健同人社から発行された。

【Section5】
広報活動は持続させることが大切

菅沼 2002年度の取り組みとしては、雑誌広告のほかに、書籍(ムック)の出版もありました。この計画はどのように進められたんですか。

平木 2002年3月の総会で、書籍の出版を含んだ特別広報事業計画案は「協議題」として案件にあがっていました。その場合 、通常だと総会で一度協議をして、また改めて別の総会で議決をするという手順を踏むんですが、「この提案を、もっと早く実現できないか」という声が会員の方から強くあがりました。そこで、9月に臨時総会にかけるところを、4月に臨時総会を開いていただき、議決したんです。それで5月という早い段階から広報プランがスタートできたという具合です。

菅沼 書籍といっても、いろいろな形態があります。最終的にムックという形を選ばれたのはなぜですか。

池森 金額的な折り合いがついたことがやはり大きいですね。できるだけ安い価格で出したかったんです。と言いますのも、出版物として一般の書店へ流通させて一般の方の目にとまるようにするもの大きな目的でしたが、それと平行して我々が診療所で使っている患者さんへの説明用パンフレット(注:日本臨床矯正歯科医会で一括製作し、各診療所が購入するシステムとなっている)とそう変わらない値段で書籍が出せれば、書籍として市場への流出させるほかにも、診療所にいらした患者さんにお渡しするなど、いろんな使い道があるだろうと。要は、我々サイドでの使い勝手のよさを検討した結果、ムックに決めたわけです。

菅沼 会として一般書を出すのは初めてのことでしたが、出版社の選定などはどのようにされたのでしょう。

池森 出版社を世界文化社に決めたのは、たまたま同時期に本会の会員ではありませんが、石川晴夫先生が出された本の版元がこれまた世界文化社だったので、まずはそこの担当編集者に相談をしたということです。石川先生のご本が出版されたときに我々の会の名簿を巻末に掲載していただいたこともありますが、何よりもその内容がまさに我々の目的としていたテイストに近かったことが大きな理由ですね。内容に偏りが無くて、変に治療の必要性を煽るでもなく、しかも一般の方に親しみやすい語りかけやイラストを多様されていたのが、とても素晴らしいと思いました。
個人で出版された矯正歯科関係の書籍は過去に数多くありますし、そのほとんどを収集して内容を分析研究してみたりもしましたよ。多くは諸先輩方の英知と思いがこもった素晴らしいものでしたが、近年の出版物に共通していることとして、特定の個人の矯正歯科治療に対する考え方を強くアピールしたり、出版物の宣伝広告に名を借りた著者の診療所の集客目的風の手法をとられる方が目立ちました。その中で、石川先生のご本はとても新鮮に映ったわけです。もちろん、出版社は一社だけではなくて、ほかの大手出版者にも同様にあたっていましたが、我々が当初意識したのは、出版部数が多いことや、我々の患者さんに多い年齢層をターゲットとしているような出版社よりも、いろんな意味で信頼度の高い出版社から本を出したいということでした。それで絞っていくと、世界文化社は広告出稿の際の規制がとても厳しいし、医療に関して怪しげな広告は載せていない。そういう点も大きかったですね。

菅沼 今年度になって広報委員長をやらせていただいて思うのは、広報活動はそのときだけあっていたのでは意味がなくて、長期的ビジョンを持って継続させることが重要だと言うことです。そのあたりは、当時としてはいかがお考えでしたか。

池森 もちろん、広報プロジェクトを始めた以上、この事業を継続させないといけないという思いがありました。そのためには、出版物が翌年度の事業を審議する総会までに会員の手もとに届いていて、何らかの成果が上がっていないと事業継続ができないかもしれない。なので、夏に出版社に正式依頼をして、年内にはなんとかカタチにしなければならないというのが課題でしたね。
ただ、これまで本づくりというと大学の研究論文を書くときのようにとっても時間がかかるものと言う先入観があったので、果たして本当にできるのかと(笑)。今までこういう出版が議題にのぼっても立ち消えになっていたのは、本をつくるというと1、2年はかかるという思い込みがあったからなんです。
でも、実際始めるとなったら商業ベースですから、そんなに時間はかけていられません。その分、自分たちも追い立てられながら進めていこうと覚悟を決めました。
このときに思ったのは、我々の分野では広報啓発用の出版物なりなんなりを作って外部に露出していこうとなった場合、いわゆる聖書のような完成された立派なものをつくらなければならないのだ、という思い込みがあったように思うんです。どこに出しても恥ずかしくない立派なものでなければならない、中途半端なものではダメだという至上主義的な感覚が、結局なかなか動き出せなかった理由ではないかと感じました。

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